◆TEXT◆

□禁忌
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 澄んだ透明な水がちゃぷんと揺れる。よいしょ、とそれを零さぬように持ち上げれば、重みが腕にずしりと圧し掛かり、彼女は困った顔をした。
毎朝、食事の準備に欠かせないものである水は、近くの湧き水を汲んでいる。新鮮で美味しいそれに文句の付け所はないが、その水の移動が朝一番の大仕事だと、マリーゴールドの髪の少女は嘆息した。そんなに距離があるわけではないのに、重みが距離を倍増させている気がする。
零してしまったらこの苦労が水の泡。そう思って一歩一歩慎重に歩を進めていると、ふいにエメラルドの髪が視界に映った。驚くよりも早く、自分の持っていた水の桶がひょいと奪われる。

「ほんと力ないよねサラは。あたしが持つよ」

「ルイ? 珍しいわね、こんな早くに起きてるだなんて」

長い髪を重力のままに真っ直ぐに下ろしたルイは、優しい瞳でそう言って笑う。女しかいない一族の中で、男らしさは二番手である彼女は、朝に弱いはずなのに。そう思っていたら、ありがとうの言葉よりも早く、その疑問が言葉になった。そんなサラに、呆れたような目をして彼女は言う。

「あのねぇ……あたしだってたまには早いことくらい。……まあいいや」

諦めたように息を吐いて、ルイは進む。サラが笑って、ルイの横を歩く。
あんなに重かった水も、ルイが持つと軽く見えた。
朝に滅法弱いルイが起きていることは本当に珍しい。本人にもその自覚はあるので、強くは言い返せず曖昧に笑う。そんな表情がとてもルイらしい、と思い、サラは微笑んだ。
鮮やかな、優しい青のワンピースを纏うルイは、エメラルドの瞳と長い髪を持つ。見た目は同じ位の年だが、実年齢は誰にも分からない。人間とは違う長命な種族。それはサラも同じことで、彼女たちは仲間だ。
マリーゴールドの肩までの髪を揺らし、ローアンバーの瞳で前を見つめるサラは、ルイと並ぶと正反対のような印象を受ける。

女性しか生まれない種族の中で男らしいと評判のルイは、顔立ちは美人の部類だが行動が大胆で大雑把。逆にサラは可愛いと呼ばれる部類で、大きな瞳とふわりと揺れるミントグリーンのワンピース、そして驚くべき家事能力は、女性らしいと思えるものだ。
しかし二人は、同じ種族である誰よりも中が良かった。幼い頃からずっと共に育ってきた、親友と呼ばれるくらいの絆があった。

「ねえ、ルイ。今日はほんとにどうしたの?」

ルイより10センチ以上身長の低いサラが、見上げる形で問うてくる。何が、とは聞くまでも無い。
不思議そうに見つめる瞳に、ルイは少し考えてから言葉にした。

「なんだか、夢を見てたみたいなんだよね。でも、いまいち内容が思い出せなくて。でも目が覚めちゃったってわけ」

ほんとならあと二時間くらいは寝れたのにな、と悔しそうな顔をするルイに苦笑して、サラは続ける。

「全く覚えてないの?」
「そう、全く。でも分からないなら考えてても仕方ないしね」

きっぱりと言い切って、ルイは桶を置いた。話している間に家に着いたのだ。
さて、と腕まくりをして朝食の支度に取り掛かるサラを横目に、ルイは外を眺めた。まだ白い空には雲がなく、朝の少し冷たい空気が心地よい。
けれど、小さな影がその空に映ったとき、ルイの瞳が剣呑に煌めいた。

「――来た!」


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