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差し出された傘は可愛らしさも何もない透明なビニール傘。
だけど雨滴を弾くその傘を、差し出す彼女の瞳は美しい。
雨の中、その音すらも消してしまう程の強く凛々しい薔薇輝石の瞳に、射抜かれた俺は愚かだろうか。


*ロードナイトの誘惑*


彼女はハーフなのだと聞いた。今まで一度も話をしたことの無い隣のクラスの彼女は、長い髪にゆるくパーマを当て、白すぎる肌を持っていた。
何処の国かは知らないが、薔薇輝石の瞳がよく映えた。大きな瞳は長い睫に彩られ、鮮やかに花を咲かせている。
高校という狭い世界で彼女に人気があるのは当たり前だったが、人は美しすぎるものに近寄りがたい印象を持つ。彼女も例外ではなく、遠巻きに見ている男子はいれども、彼女に話しかけに行く男子はいなかった。

「あの、さ」
「なに?」

流暢な日本語。その声音は初めて聞くもので、女性らしい高めの透き通るような声にどきりと胸が高鳴る。
上目遣いで見上げられて、その瞳に吸い込まれそうだと思った。

「昨日はありがとう。傘、貸してくれただろ。持って来たから」

たどたどしく言葉を紡いで、彼は傘を差し出す。昼休みの賑わう教室内で、珍しい光景にクラスの視線が注がれるが、そこは敢えて気付かないことにする。
昨日丁寧に拭いて畳んだビニール傘は、彼女の細い手に握られた。机の横に傘をかけて、どういたしまして、と彼女は言う。
ばくばくと五月蝿い心臓を宥めながら、彼はなんとか話を続けた。

「なんで昨日、傘を貸してくれたんだ?」

 傘を忘れて、大丈夫だろうと学校を出た。今にも降りだしそうな天気。雲は厚くかかっていて、それが晴れることはなさそうだった。
だから、なるべく早くと急いでいた。それにも関わらず雨は降り出し、瞬く間に土砂降りになっていた。
やばい、と走ろうとしたときにすっと現れたビニール傘。それはびしょぬれになった彼の頭上の雨滴を弾き、音を奏でる。誰だろうと振り返れば、薔薇輝石の瞳と視線が合った。
彼女は何も言わず傘を差し出す。受け取れ、というかのように。
彼が戸惑いがちに傘を受け取ると、彼女はくるりと背を向けて走っていった。雨に濡れて。

「飯塚くんが、濡れてたから」

「でも、河合さんも濡れただろ。なんで――……」

言いかけて、やめた。まるで聞くなというような、そんな強気な瞳とぶつかったからだ。
彼は、そのまま何も言わない彼女にどうしたものかと困惑する。しかし、沈黙を破ったのは彼女だった。

「好きだから」

しかしそれは、更なる沈黙を呼んだ。
何を言われたか理解するのに時間がかかる当事者の飯塚は、目を瞬かせている。しかし教室内の反応は、驚きを隠せない、といった風だ。
ざわつく部屋で、彼はようやっと言葉を紡いだ。

「え……と、どこが?」

「分からないけど、好きだと思ったから」

「俺も、好きかもしれない」

「じゃあ、おんなじね」

 周りの反応を無視して展開していく二人の会話。クラスの皆がつっこみたかったに違いない。
好きかもしれない、なんて曖昧な答えを返した飯塚に、河合はさらりと返答した。それでいいのか、という周囲の心の声は届かない。
ばくばくと五月蝿い心臓を、なんとか抑えようと必至に呼吸をする飯塚に気付かず、彼女は窓の外を眺める。
本日は昨日と打って変わって晴天。雲の少ない青空を見て、彼女は物欲しそうな顔をする。

「理由、できたからよかった」

「へ?」

窓から視線を飯塚に移し、河合は少し微笑んだ。その微笑がどれだけの威力を持っているかなんて、彼女は気付いていないのだろうが、この効果は大きい。
今までかなり表情を変えることが少なかっただけに、飯塚の胸がまたもやドキリと高鳴る。
早鐘を打つ心臓を落ち着かせたのは、何気ない彼女の一言だった。

「雨に濡れるの、好きだから。貴方に傘貸したら、雨に濡れることができるでしょ?」

だって、傘を持ってるのに濡れるのっておかしいから。
でもいつも忘れた、ってわけにもいかないでしょ。

追加された彼女の言葉に、飯塚の心臓が冷静さを取り戻していく。そうか、そういう意味だったのか。
――好きなのは「俺」でなく、「雨」だったのだ。

「雨の日は一緒に帰りましょ? これからは、傘はこれだけでいいわね」

ああ、だめだ。
彼女の薔薇輝石の瞳の輝きに、魅了されないわけがない。
何にも勝る彼女の笑顔に、彼は真っ赤な顔で頷いた。



彼の気持ちが報われるのは、もっと後のおはなし。





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