恋をしたのは初めてだった。
全てを揺るがすような、こんな気持ちになったのは初めてだったのに。
心 恋 愛 歌
02 崩れ去った幸せ
気分が優れないようですから、祈祷のために陰陽師を呼びましょう。――そう行ったのは、女房の千早だった。
気分の悪さなんてひとつもなくて、何のことだと首を傾げる紗代に、千早は優しく微笑んだ。少し皺のある顔は、優しさに満ちている。
――つまらないのでしょう?
言い当てられて、目を丸くする彼女に、年の若い陰陽師の方がいらっしゃるのです、と千早は言った。きっとお話相手になってくださいます、と。
毎日、同じように色々な習い事をさせられ、小さい頃から気品を持てだの、美しさを意識しろだの、堅苦しい日々を送っていた紗代は、そうなればいい、と期待に胸を膨らませていた。
御簾も扇も必要なかった。どうせ政略結婚の道具にされるのだ、誰に顔を見せようと関係ないだろう、と。
だから顔を見せた。しかしその時に映った彼の瞳の、あまりの美しさに……紗代は、恋に落ちたのだ。
なのに。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
「入内が決まったぞ」
父様のその言葉に、色づいていたはずの華は色を失くし、ぴしりと凍りついた。
温かかった胸の内が、すう、と冷えていくのを感じながら、震える指先をそっと隠した。
「は……い。分かりました」
分かっていたはずだったのに、どこかで忘れようとしていた。
逃げられるはずもないと、わかっていたはずなのに。
心に深く佇む人影を押し殺して、誰かのものになる。
他の誰かに身体を預けなければならないのだと、考えるだけで胸が張り裂けそうに痛んだ。
だから、応えてしまったのだ。
あの、悪魔のような囁きに。
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