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□君が知らない僕の感情
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薄暗い路地を走る、細長い人影――
汗は流せど涼しい顔で全力疾走しているその男は、見た目とは裏腹にかなり焦っていた。
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―しまった。
非常に、非常に不味い。
全力疾走なんて、いつかの事件以来だ―。
事の始まりは、今日の夕刻だった。
『いつもの居酒屋で7時に待ち合わせしましょう。』
―と、珍しく仕事が早く終わった彼女から電話がかかってきたのが、午後5時。
それから時間に余裕があるからと、学会の資料に目を通したまでは良かったのだが…。
次に学会の資料から時計へと目を移した時―。時刻は午後8時になろうとしていた。
集中するあまり、時間を全く気にしていなかったのだ。
慌てて席を立ったものの、とっくに約束の時刻は過ぎているわけで…。
"いつもの道が果てしなく遠く感じられる…"
仕事で疲れた身体を気力で動かし、居酒屋までの道を急ぐ。
普段であれば大学から歩いて15分程度の距離しかないのだが…
"下手をすれば帰っているかもしれない。"
腕時計をみやれば、時刻は8時半。
そこでふと、急ぐあまり先に連絡する事を忘れていた事に気付いた。