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□この手を離さない。
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「お前、この間内海とデートだっただろ。」

「…は?」

ある曇り空の日曜日。

珍しく街中で出くわした湯川と草薙は、カフェのオープンテラスでコーヒーを飲んでいた。

「内海君が、デートに?」
本を読んでいた湯川が顔を上げた。


「あーー…。ああ。」

湯川の射抜く様な目に、草薙はしまったと顔を背けた。一方、湯川は本に栞を挟んで閉じると、咳払いをして椅子に座り直した。


「――相手は。」


「さ…さー。電話で話してんの聞いただけだしな。内海の話し方で、相手が年上って事しか。嬉しそうに話してたから、てっきりお前かとおもったぜ。」

「……。」

誤魔化す様に笑った草薙は、恐る恐る湯川の反応を待った。だが、考える仕草のまま停止してしまった湯川は動きそうにもない。

草薙は諦めて、街行く美女探しに精を出す事にした。




******

それから数日後――…

講義修了後の湯川は、研究室へと続く廊下を歩いていた。
静かな廊下には、微かな話し声が響いていた。

「はい、この間は本当に楽しかったです。」

廊下の角を曲がれば研究室が見える。そこまで来た時、湯川は聞きなれた声に足を止めた。その声が薫であるということは、考えずとも判った。

廊下に響く、薫の声に集中する。
それは全くの無意識で、湯川は自分の足が止まっていることにさえ気づいてはいなかった。


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