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□君が知らない僕の感情
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「御代はいい。先生が来るまで待つと言ってな、何もだ。酒もそれっぽっちしか出してねぇ。今度また来てくれや。」

彼は作業する手を止める事なく動かすと、顔を上げる事なくそう言った。
「いや…」
「まぁ、そういうことだから。御代は結構よ。」
女将さんが、財布を出そうとする僕の腕に手をかける。

僕は二人に丁重に礼を言った。


背もたれに掛かっていた薫君の上着を彼女の肩に掛けると、ゆっくり椅子を引く。椅子と彼女の間に腕を入れると、徐々に力を加えて持ち上げた。

お姫様抱っこには違いないが…

"姫を抱くというよりは、疲れて寝てしまった子供の面倒を見ている気分だな…"


タクシーを呼ぶと言ってくれた女将さんに、近いので結構ですと告げると、僕はそのまま店を出た。


******

居酒屋から5分程の自宅に着くと、リビングのソファに薫君を下ろす。

多少動かせど起きる気配は無く、彼女は依然として平和な寝息を立ていた。

"そんなに疲れていたなら、僕なんて放っておいて家で休めば良かっただろうに…"

とは思うものの、反面ではそれが嬉しい。

ソファの脇に座って、暫し薫君の寝顔を観察する。
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