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□この手を離さない。
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「―え、今夜・・・ですか。」
ピクリと、湯川のこめかみが動いた。

「…いえ、本当に付き合っている人なんていません。」

「………。」"付き合っている人はいない"。では、"好きな人"は…?

「―はい。…じゃあ、今夜7時に。」

そう言って、薫は電話を切った。

***


「君がデートだなんて、明日は雪か。」

「ひゃ…!」

いつの間にか隣に立っていた湯川に驚いた薫は、思わず声を上げた。

「わ、私だってデートくらいします!」

「奇特な相手だな。どんな奴だ。」

「失礼な言い方しないでいただけますか。大学の先輩で、元カレなんですから。」

「―元カレ…。君にもそんなのが居たのか。」

そう、鼻で笑った湯川は薫を一瞥して研究室に入っていった。

扉が音を立てて閉まるのを、薫はただ見ているだけだった。

「―…なに、今の…。」

研究室に入る直前、湯川がが見せた表情の冷たさに、薫は首をかしげた。


「早く入れ。そこに居られては邪魔だ。」
立ち尽くす薫に扉の隙間から湯川が声をかける。薫は湯川の目を見る事が出来ず、小さく頷いた。

研究室に入っても、薫は用件を切り出す事なく席に着いた。


"私がここに来たから…"

仕事がら湯川に疎まれ、睨まれる様な事は今までにもあった。しかし先ほどのあの眼の中にあった物は、いつもとは違っていた。侮蔑?敵意?薫にはそれが分からなかった。
確かなのは、先ほどの一瞥が少なからず薫のダメージになったという事だけだった。

疎まれていると分かっていて、心の奥底に秘めた好意ですら許されないのかと、薫は胸を痛めた。



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