□鐘の音が鳴り終わる頃には
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冷たい夜風が吹き抜けるテラス。ざわつきが絶えない室内と隣接していながらも独特の静けさを保つこの空間で、

「……寒い…」

当たり前なセリフを呟く僕は、独り星空を見上げた。


今日は12月31日。
俗に言う、大晦日。

庶民にとっては、家でコタツに入り蜜柑を食べながら“紅白歌合戦”とかいう戦国さながらに馬を走らせて歌を唄う番組を見て過ごす言わば家族記念日なのだ、
と、殿は力説してたけど…
まあ、僕達のような家庭ではそんなことは天地がひっくり返っても有り得ない状況なわけで。
年末年始は挨拶と会食三昧、が普通だし。


そんな中、ただでさえだるくて出かける気になれない大晦日の夜、わざわざ郊外にある別荘を使って催された年越しパーティーの中に僕らはいた。
最近右肩上がりな雑誌編集社とお母さんのブランドが、来年の秋にコラボ企画を予定していて、それに携わる各社の上層部が一堂に会する結構大掛かりなパーティーだ。
当然のごとく出席した僕らを待ち構えていたのは、これまた当然のごとく挨拶、挨拶、挨拶の嵐。
挨拶と言っても“する”んじゃなくて“される”方なんだけど、これはこれでかったるい。同じ様なオジサンやオバサンが同じ様な言
葉で何人も話し掛けてくる。娘とかいちゃうと、もう最悪。興味ない話を更に長々と聞くことになる。最終的には“二人別々にお話を…”とか言い出されて。それで……





…………ホント勘弁してほしいよ。








ため息混じりの吐息を冷えた指先に吹きかければそれは白い煙のように広がって、
傍らにあるカップから、先程まで沸き上がっていた湯気が既に姿を現さなくなっていた事を思い出させた。



「風邪ひくよ」



聞き慣れた声に振り向くと、期待通り、同じ姿の片割れがそこには立っていた。

「こんくらい平気」
「嘘吐け。そんなカッコで寒くないわけないじゃん」

いつも通りの会話。
大丈夫。
普段と同じ様に、話せる。

「そう思うんだったらホットコーヒー持ってくるとか、ちょっとは気の利いたことしてよネ」
「そう思うんだったら最初からコート持って外出るとか、ちょっとは効率のいい考え方してよネ」
「同じカッコで出てきたくせに」
「コーヒーなんて飲む気ないくせに」


「「…………」」


お互いに
少しイラついていることはわかってる。
原因は、
お互いに
少し疲れているからだと思ってる。
でも、
お互いに
一抹の疑問も抱えている。


──何故?─





───何故あの姿が、気に入らなかったのだろう─




───何故あの状況を、見ていられなかったのだろう─





───イラつく本当の原因は、何?─








年明けを告げる除夜の鐘が鳴り響く。

なんとなく、二人星空を見上げる。


こんな煩悩は
鐘の音が掻き消してくれることを祈って。






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