その他
□独白
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「君は……いや、まさか、医者に芝居をうてと声をかけてくるとはね」
「芝居をうて、ではなく、ただ彼らには黙っていてくれませんかと言っているだけなんですけれど」
「君がそれでいいのなら、私は協力するが……」
俺は、負けた時の言い訳を残され、喜ぶような女々しい男じゃない。
それだけのことだ。
そう強く出ようと思ったその時に、病室の扉があるまじき力強さで開いた。
医者の背中に隠れたその様子を見ることは出来なかったが、
(赤也だな)
そう確信して、脇に置かれた時計に目を向ける。
立海メンバーの誰かが見舞いに来るのは、決まってこの時間だ。
寸分の狂いも無いところを見ると、おそらく蓮二も一緒だろう。
俺の方と言えば、普段は丁度検診を終える時間だが、今日は少し話し込み過ぎてしまったらしかった。
案の定、といった勢いで、赤也が部屋に入ってくる。
廊下に立ちつくす蓮二を視界に入れ、話を聞かれたかと一瞬不安がよぎったが、どうやらそうでも無いらしかった。
笑いかけるとすぐに、赤也を追って部屋に入った。
「部長!聞いて下さいよー真田副部長ったら酷いんスよ!」
「何だ赤也、また殴られたのか」
医者がカルテに視線を戻すのを見て、お願いですから、と無言で胸中に呟く。
届いているのかいないのか、先生は無言で、ミミズがのたうったような文字の続を書き上げていた。
「精市、体調の方は……」
愚痴をこぼす赤也の話題をかき分けて蓮二が口を開くのも、言いたいことがある割には先を濁して言う蓮二の口調も、どちらもいつものことだ。
読み取れ、と暗に言われたその先の内容というのは、彼の性格をはかるとまず、大会に出場するのかしないのか、その辺りの随分弱気な話題を持ちかけられているらしい。
お前の負けは見たくない、そんなことを心のどこかで考えているのだろうかと思うと、少々腹立たしくもある。
確か弦一郎は、俺は全国に出場するものだと思いこんでいるフシがあったはずだから、わざわざ彼のいない今日、この話を持ち出したのだろう。
こういう時ばかりは、弦一郎のような単純な性格をありがたいと思う。
一筋縄でいかない人間を丸め込むのには苦労が要るものだ。
だから俺は敢えて
「ああ、この調子だったら全国には余裕で間に合うよ」
軽くうそぶいて、一言で蹴飛ばしてやった。
「幸村君は本当にテニスが好きなんだな」
タイミング良く苦笑した医者に、上手い逃げですね、と、また苦笑を返す。
否定しなかった医師の横顔に、蓮二は何かしら落ち度を探したようだったが、別に彼は嘘を吐いたわけでは無いので何もデータは取れなかっただろう。
ありがとうございます、再び心の中で呟いて、彼もまた、後ろ盾としての微笑みを返してくれた。
和やかな空気は傍目に見て、回復を望まれた患者と、それを見守る医師の純粋な眼差しに他ならなかったはずだ。
俺は少し安堵したが、蓮二が目の前に居る手前、溜息を吐くことは出来なかった。
例えばもし、俺がコートの上で、倒れ、負け崩れるようなことがあったとしても。
それでも俺は、病気の所為なんかじゃない、そう言い切って見せる。
“立海の部長は病み上がり”など、何人にも言わせてなるものか。
決意と覚悟とを手に握りしめ、元の身体に戻れない恐怖と哀しみと、ある種の妥協、全てを自分の内に押し込めた。
心臓はもう痛くない。
涙は手術の前に流しておいた。
俺は、どんな形であれ、仲間ともう一度コートに立ちたい、それだけだ。
それだけが、失われた完璧な未来に代わり、唯一この手のひらに残された、
俺の、
『真実の心』
fin