その他
□真幸
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――夢を見たんだ。
海の底で、魚と戯れる俺の夢。
水の中では身体の麻痺も薄らいで、手足の自由が効くようになるんだ。
リハビリの辛さも忘れてしまう。
当然、忘れてはいけないのだけれどね。
でも、俺、生まれ変わったら、
そこまで言うと、突然に弦一郎が、人が生まれ変わるなど迷信だ、そう俺の話を頭ごなしに否定した。
現状を否定するような言葉を受け入れたくないのだろうな。
正論だ、そうは思っても俺は少しムッとして、
――生まれ変わったら、魚になりたいな。
まるで彼の言葉なんて聞きもしなかったように、最後まで言い切ってやった。
言い切ってしまったものをかぶせて否定するつもりはないらしい。
渋々といった面持ちで、子供の残酷な冗談をなんとかかわすような口調で、食われるぞ、と脅された。
だから俺は、誰に?って笑い返してやった。
俺の揶揄を綺麗に流した弦一郎は(最近彼は急に大人になる。前だったら慌てる弦一郎を俺がからかって笑う立場だったのに、近頃少なからず逆の立場を経験する。おもしろくない)冷静に俺の顔を覗き込み、帰る場所が無いのも寂しかろうと言う。
悔しかったけど、確かにそうだなと思って、じゃあ魚はやめておく、と言ったら、無難だな、と得意げに頷くから、やっぱり少しムッとした。
「なあ弦一郎、俺、生まれ変わったら俺じゃなくてもいいから、もう一度テニスの出来る身体に生まれたいな」
はっきり告げた俺を覗き込んで、今度は否定をせずに、寂しそうに俺の髪をかきあげるから、俺は間違った答え導き出した子供の気になった。
生まれ変わったらなんて、冗談めいたたかが話題の一つだと思っていたのに、知らず俯いていた俺に、俺自身は気付けていなかった。
顔を上げると弦一郎はふいに誇らしげな顔になって、「お前がテニスを棄てないのであれば俺は、お前が幸村でなくても簡単に幸村を見つけ出すことが出来るな」とか何とかよくわからないことを言って笑うから、俺も少しおかしくなって笑った。
弦一郎は約束破るからなぁとからかうと、表情は一変して、一生の不名誉を噛み締めたみたいになって、目を伏せる。
思うように行き過ぎる事柄というのは退屈でもあるけれど、ここまで想像通りの反応をされると、さすがに楽しくなる。
弦一郎は、やっぱりこういう反応の方が似合ってる。
「不名誉を晴らすには良い機会だろう」
彼にしては素早い切り返しだと心の内では驚いたけど、少しずつ矛盾が生まれていた。
人が生まれ変わるなんて迷信だ、最初にそういったのは弦一郎だよ。
喉で堪えたまま笑うと、彼は少し顔を赤くしたようだった。
「俺、やっぱり今がいい。来世なんかで名誉を晴らされるより、来世でテニスをするより」
「無論だ」
「今の俺で好きなだけ動き回って、好きなこと全部やって、好きなもの全部手に入れて、好きなだけ人を愛して、好きなだけ人に愛されて、最高に幸せな人間になりたいんだ」
「なればいいだろう」
「してくれよ」
彼の手を取って言う。
キャップ帽の影が落ちたせいじゃない、違う赤みが更に頬に深まったのを見て、俺は少しだけ、幸せの端っこを噛み締めた気になった。
fin