その他

□真田と楽しい交換日記
3ページ/4ページ


[十一月十六日(土)]真田
 そんなに食いたければ自分で購買へ向かって何とかすればよかろう。
 人を動かそうとよく働くのに、その労力を直接的に使おうとしないのはお前の悪い癖だな。そろそろ直してもいいのではないかと思うが。

 今朝、しつこいようだがまたしても例の野良犬に会った。
 向こうが勝手に現れるというのに、俺の顔を見るとうんざりしたような表情をされた。
 わざわざ出向いているのはどちらだと言ってやりたいが、さすがに言葉は通じないだろう。
 表情だけは読み取れるから、何とも無礼なヤツだということだけはよくわかる。
 毎度俺のところにやって来て何のつもりだと暫くそのまま睨み合っていたら、ヤツは急に駆けて俺の後ろに回り、俺の足下の臭いを暫く嗅いだ揚げ句に鼻を鳴らして外を向いた。
 失礼極まりないと叱りつけてやろうと思った途端、犬は俺の背中のテニスバッグに飛びついて、何かを引きちぎった。
 先日幸村が悪戯に付けた、菓子か飲料かの景品ストラップだった。
 犬は勝ち誇ったようにそれをくわえると、そのまま全力で走って行った。
 相変わらずとんでもない不届き者だ。
 次こそは、いや、そう言えば俺は以前も次こそはと言ったか。
 結局俺は毎度ならず者の犬風情に出し抜かれているということになる。
 うむ……しかし次こそは、次こそはヤツの尻をひっぱたいてでもあの横暴の程をおとなしくさせてやるぞ!
 そうでもせねば皇帝の名が廃るわ!


[11月17日(日)]におー
 そう言えば昨日幸村が、最近飼い始めた愛犬が行方不明になったって嘆いとった。
 なんでも普段家の中で飼っているとかで、帰り道がわからないんじゃないかとご傷心だったぜよ。
 種類は確か……何とかきんぐちゃーるず何とかかんとかすぱにえる?
「ふわふわしてて、ちょっと俺似なんだ」
とかなんとかそんなことを言っとったっけ。


[十一月十八日(月)]真田
……迷い犬に極上ビーフジャーキーを与えてやったら満足そうに口にした。
 その隙になんとか紐を首輪に繋いだが、それに気付くとものすごく不服そうな顔をしていた。
 どこかで見たことのある目だと思った。
 幸村に連絡をしたら、その子で間違いない、見つけてくれてありがとうと礼を言われた。
 先日まで危うく犬の尻を叩きそうになっていたことは言えなかった。
 午前中は俺の自宅で丁重に面倒を見、放課後幸村宅に届けることにする。
 言っておくが仁王、犬に関する一連のことは他言無用だ。
 礼はする。


[11月19日(火)]におー
 おお、真田愛しとう!
 俺のカルビサンド!




――頼まれた例のものを購入するため、俺は授業が終わって早々に購買に向かった。
 それにしても面倒事に巻き込まれたものだ。
 いや、自業自得と言える面は確かにあるのだから始末はしなければならないが、何とも奇妙な巡り合わせにあってしまった。
 俺がぞんざいに扱いかけていた犬(どちらかいというと俺の方がぞんざいにされていた気がしなくもない)が、まさか幸村の愛犬だったなど。
 しかたない、このまま仁王に弱みを握られているわけにはいかないから、厄介ごとはすぐにカタを付けてしまうことにする。
 早くカルビサンドを買ってしまおう。

 自分が風紀委員であるという手前もあって廊下を走ることが出来ず、全力疾『歩』を試みていると、階段を降りたところで購買へ向かう他の生徒たちと遭遇した。
 皆一様に俺の横を走り抜けて行ったが、俺が背後から「廊下は走ってはいかんのだ!」と一喝したら、皆が一様にぴたりと足を止めた。
 皆恐る恐る振り向いて俺を見る。
 抜き打ちに校則違反の見回りでも行っていると思ったのだろうか、なぜお前がここにいると言ったような、まるで町中で熊に遭遇というくらいに怯えた目が向けられる。
 しまった、これでは風紀委員としてこの場を俺が取り締まらなければならないのだろうか、そうしたら確実に例のカルビサンド購入は間に合わなくなるではないか!
 一瞬焦ったが、その時、タイミングよく、風紀委員の腕章を付けた柳生が廊下の角から姿を現した。
 この出来すぎた登場、恐らく仁王が差し向けたのだろう。
 さすがというべきだが、柳生……やはりお前も弱みを握られているのではないか。
 柳生はメガネに指を当てつつ「君たち!」と、廊下を走っていた者たちへ説教を始めた。
 俺は任せたと目配せをし、生徒が説教を受けているその横を通り過ぎた。
 生徒たちはとばっちりを受けているようで少々哀れにも思うが、廊下を走っていたことはやはり校則違反であるに違いない。
 自業自得ということにしよう。

 しかし仁王、こうまでしてカルビサンドを食いたいのか。
 恐るべし詐欺師の執着。
 感心するぞ。
 競歩を続けて購買に辿り着くと、丁度一番乗りの集団に食い込む事ができた。
 いや、しかしこのままではいかん。
 俺の前を歩く生徒の人数は明らかにカルビサンドの生産数を超している。
 くそ、ここまで来たというのにあと一歩のところで手に入れることが出来ないというのか。
 こうなったらなりふり構ってはいられない。
 割り込みはルール違反だが、まだ混沌としてきちんと列になっていない今の状況ならば、他の者を抜かしてもぎりぎり横入りには思われないだろう。
 少々早い気もするが、最終奥義のお披露目時というのならばそれは今しかない。

「疾きこと風の如し!!!!」

 普段ラケットの振り抜きに使っている筋肉の動きを脚に応用し、目にもとまらぬフットワークで人の波を抜ける。
 ふん、周囲が止まって見えるわ!
 これでカルビサンド獲得は決定した!

 ところが周囲を振り切り購買のカウンターを目前にしたときだった。
 俺の目の前に立ちはだかる男が現われた。
 む、あれはラグビー部の部長だな。
 そしてあの体勢は……俺とスクラムを組むつもりだというのか!
 ななめ後ろに目を向けると、どうやら別のラグビー部員が俺の背後についてきているようだった。
 ここで俺の足止めをし、時間稼ぎをしている間にサンドイッチを買占めようという魂胆なのだろう。
 しかしカルビサンドを手にするには、俺もここを突っ切ってカウンターに向かう他道はない。
 だが一度スクラムを組まれたら、ラグビーに関しては無知な俺はすぐさま相手の思惑にはまってしまうだろう。
 どうする、皇帝真田弦一郎……!
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ