その他
□真田と楽しい交換日記
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その時だった。
俺の目の前を唐突に何か影が覆い、過ぎ去ったと思ったらラグビー部部長の姿も共に消えていた。
何が起こったか考える間もなく、俺は好機を逃さぬよう一心にカルビサンドに手を伸ばす。
やっとのことでそれを掴み取り、安堵と共に周囲を確認すると、どうやら先ほど放り込まれた何かというのは赤目状態になった赤也だったようだ。
その後方には仁王がそそくさとその場を後にする後ろ姿が見えた。
訳もわからず投下された赤也が怒り狂って喚き散らしている。
カウンター一点に集中していた人だかりが一瞬のうちに騒然となり、そして蜘蛛の子が散るように混雑がばらけた。
そのうちに俺は購買の老婦人にカルビサンド代の四百七十円を支払い、丁度ラグビー部員の胸倉を掴んでかかろうとしていた赤也の首根っこを引っ張り上げて、その場を退散した。
変わらず喚き吠えている赤也と、それを片手で摘み上げる俺を遠巻きに見るように人だかりが割れ、俺の帰路が拓けてゆく。
逆の手の中にはカルビサンド。
まれに味わう達成感だった。
約束通り仁王にカルビサンドを渡した。
かわりに交換日記を受け取り、焼却するぞと念を押すと仁王は酷く残念そうな顔をした。
しかしここは俺も引くわけには行かなかった。
これがある限り俺は仁王に弱みを握られ続け、そして如何に隠そうとしても幸村の愛犬の尻をはたこうとしていた事実はそこに残るのだ。
それはどれほど俺の未来を脅かすか、考えることも恐ろしい。
俺は受け取ったノートをひとまず四つに破き、鞄の中に放った。
後は自宅で処理することにする。
「今の何?」
「幸村!」
突如肩越しに現れた、その見知った顔の登場に驚きを隠せなかった。
俺は咄嗟に冷静を装い、鞄の口を閉めつつ無難な返答を探す。
「いや、たいしたものでは……要らなくなったただのノートだ」
「ふうん」
傍でカルビサンドの包みを開けている仁王に目配せをするが、奴は我関せずとこちらを見ようともしなかった。
少々声は上ずったがそこまで怪しまれてはいないだろう。
面白みのない俺の反応に幸村のノートへの興味は削がれたのだろうか、そういえば、と幸村は自ら話題を切り替え、手にしていた包みを二つ、俺と仁王の前に差し出した。
俺は思わず顔をしかめる。
どこかで見たことがあるものだった。
「さっき購買行ったらパン屋のおばあさんがくれたんだ。前にお昼を買いに行ったときに、気に入られたみたいでね。なんでも、旦那さんの若い頃にそっくりなんだとか……。二つもらったんだけど、俺、今は肉とかあんまり食べないようにしてるし、両方あげるよ。真田はこの前うちの犬を見つけてくれたお礼。仁王もこれ狙ってたって言うじゃないか。――一日十個限定生産・幻の超絶品カルビサンド」
「……」
なんというひどいタイミングだ。
隣に立った仁王を横目に見やると、奴もさすがに驚いたように目を丸くして、開きかけた自分のカルビサンドの袋をすっと背後に隠した。
仁王は苦笑交じりに、しかし悪びれた様子なく笑むと、礼を言って幸村から二つの紙袋を受け取った。
「じゃ」と満足げに立ち去る幸村の背中を見送りつつ、仁王は俺を慰むように二度肩を叩いて袋一つを突き出し
「大漁なり、おすそわけじゃ」
そう言って、満遍の笑みを見せた。
な、なんたる徒労……。
そもそものことを言えば、仁王と交換日記などというものを始めたのが間違いだったのだ。
元凶を辿れば一直線にそこにたどり着く。
二度とせん、何があっても交換日記など二度とせんぞ!
費やした労力のわりに足りないようにも思われる報酬を受け取りつつ、疲弊しきった思いで俺はそう呟く。
仁王はやはり笑っていた。
――ロッカーに置かれた鞄の中に新しいノートが潜んでいることを、俺はまだ知らない。
fin.
***
挑戦はしてみたものの、コメディタッチの作品を書くのは私には無理だなと心底思いました。
***
2008年11月
立海オンリー「常勝∞エイト」
わらこさん合同誌『全力しっぽ』掲載