テニス駄文

□Fragile
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「申し訳ございません。こんな夜分に…」

「時間なんか気にせんでええ。ところで何じゃ?」

「いえ…あの。メールを頂いたものですから…」

「…」

まだ二十時過ぎだというのに柳生は、侘びを入れながら電話を掛けてきた。

今時この時間帯に夜分遅くなんていうヤツはなかなかいないだろう。
現に俺とてまったく気にしてはいない。

けれど、柳生が俺に対して頭を下げるシチュエーションというのはなかなか悪くない。

「メール?」

「ええ」

「何か送ったかいの?」

「確かに頂きましたよ。だからこうしてお電話差し上げています」

「ふーん…。で。俺、何て書いちょった?」

自分で打ったメールの内容ぐらい当然覚えているが俺は、忘れたフリをして見せた。

柳生は暫く黙り込んでしまったが、このままでは会話が進まないと悟ったのだろう。
心なしか震える声で、続けた。

「一体…どういうおつもりなのですか?何故あのような事を…あなたは…」

「何が?だから、何て書いちょったって?」

「彼女と…その…」

「うん?」

「どっちが…良い…とか……そんな……」

「…ああ。それか。思い出した」

…ったく。
何言葉を詰まらせてるんだか。

「…で、どうじゃった?俺に抱かれるんと、彼女抱くんと。どっちが気持ち良かったんじゃ?」

「に…仁王くん!」

「今更照れんでもよかろう?実際ヤることはヤッとるんじゃ」

「そ…ッそういう問題ではありませんよ!」

姿は全く見えないのに、今、このケータイの向こうで柳生がどんな顔をしているのかが手に取るように分かる。
まるで目の前にいるかのように…。

「第一彼女とはその様な事は一切していません…!」

「まぁどうでもエエよ。お前さんらの事なんか興味無いし。第一柳生が言わんでも答えは分かっちょる」

俺の手が触れるたびに全身を震わせ、形にならない言葉で俺を誘う…。
そんなお前を作ったのは、紛れもない俺自身。

そして、そんな卑しいお前の姿を引きずり出せるのは、俺しかいないから。

「な…っ」

「…それに、お前が誰と何してようが俺には関係ないからの」

…そう。
俺たちはこんな関係だが、付き合っている訳ではない。
同じ学校に通い、同じクラブに所属して、ダブルスを組み、求めるままに体を重ねる…。
そんな仲なのだ。

告白することもなく、こんなところまで来て今更、『気付けば惚れてました』なんて言えるはずがない。

俺の相手たちは遊びにすぎないけれど、柳生にはれっきとした彼女がいる。
そしてその存在をとても大切にしている事も知っている。
だから、言わない。

あえて口にして、柳生を困らせるのも楽しいだろう。
けれど、本当の所、俺は怖いのかも知れない。
俺が想いを口にする事で彼が、どちらかをハッキリと選択する時が訪れてしまう事が 。

冷静で真面目な柳生の事だから落ち着いてじっくり考えてみれば俺との関係がいかに不自然なものであるのかを理解するだろう。
そうなれば切り捨てられるのは間違いなく俺の方…。


ならばいっそ、こんなふうに曖昧なままでいい。
欲という熱に浮かされ朦朧とした意識のように…。

「仁王くん……」

「何じゃ?」

「何故……何故あたはそのような事をおっしゃるのですか……?」

何故も何もない。

「俺はただ事実を述べただけじゃ」

「事…実……?」

「そうじゃ」

本当はそんな事実を認めたくはないくせに、半ば自嘲的に言い放つ。

「私は……」

「……」

「私は一体…っ……あなたの……」

「?」

ケータイの向こうの柳生の声が、僅かに掠れて、俺の耳の奥を刺激した。
その声は今までに聞いたどの声よりも苦しげに感じる。

「柳生?」

「…いえ。何でも…ありません」

「でも…」

「本当に…何でもありませんから。……夜も更けて参りましたし、私は失礼させて頂きます」

「え?おい!ちょっと待…っ」

声色は変わらないのに毅然な口調で、電話は一方的に切られた。

いつでも礼儀正しい柳生が相手の了承も得ずに電話を切るという、初めてとったと思われるその行動は、俺の心の中にぽつりと染みを残した。



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