テニス駄文

□迷子
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「また明日」

その一言で終われる1日の大切さを、僕はどれだけ分かっていたのだろうか。



【 迷子 】



当たり前のように訪れて、当たり前のように終わる一日。

毎朝、定刻通りに起床して登校し、授業をうけて、部活で汗を流し、帰宅をする。
ほぼ毎日のように宿題があって、それを片付けて就寝をする。
そんなありふれた日々の中、半ば強引に割り込んで来た存在によって自分の思い描いた中学生活とはかけ離れた事も繰り返しながら過ごした三年間が、もうすぐ終わりを告げる。


「…来週…ですか…」


壁に掛けられた制服を見つめながら柳生は、そんな当たり前だと思われた日々を思い出していた。

様々な思い出の中に必ずそこに居る存在。
柳生の綿密なまでの人生の設計図を容易く破壊して居座る彼の姿に、自然と溜め息が零れる。


レギュラーとして活動し続けたテニス部の中でダブルを組み、しつこいまでのアプローチに根負けして付き合い始めたその相手こそが仁王雅治。
柳生の恋人である。

初めて仁王に告白された時、当然のように柳生は丁重に断りを入れた。
真面目が服を着て歩いているような彼にとって学生生活とは勉学や部活に勤しみ、名の通りに義務として教育を全うする場だと考えていたからだ。
そして何より相手は男。
親友だと思っていた相手をいきなり恋愛の対象として見る事など出来ようはずもない。
そう思ったからだった。

しかし仁王という男は、どこからどこまでが本気なのか、その後も毎日のように一年近くもアプローチを続け、それに根負けした柳生が、『中学生活が終わるまで』という条件の元渋々ながらに受け入れたのだった。




柳生にとって仁王という男は、つかみどころがなく不思議な男だった。

常に女生徒から騒がれ、見た目は勿論テニスの実力は尊敬に値する。
真面目に授業を受けている素振りもないのに成績も良い。
そんな彼が何故男の自分にそのような感情を抱いたのか理解に苦しみ、どうせいつもの冗談が何かだろうと軽くあしらってきたのだった。

しかしある日、それを口にしたとき仁王の表情がいつになく真剣な物に変わったのだ。
そして、自分の気持ちに嘘偽りは一切無く、本気で惚れているのだと、目を逸らすことなくそう告げた。

見たこともないその姿に戸惑った柳生を仁王は強く抱きしめて、呆気に取られた彼に口付けた。

生まれて初めて味わった感触に現状を把握できない柳生にそれを繰り返す仁王に紛れもない雄を感じ、とっさに恐怖心から彼を突き飛ばし、逃げたのは何ヶ月前の事だったろうか。
今にして思えばあの時、嫌悪感は全くなく、寧ろ彼の本心を感じとれたおかげで柳生はその気持ちに真剣に向き合う事が出来るようになったのだった。

しかし、だからといって男である仁王の気持ちにすんなりと頷く事はやはり難しく、それからも随分と長い時間柳生は悩んだが、結局は条件つきで応える事にしたのだ。

受け入れた理由はと言えば、誰かにこれほどまで一途に必要とされた事は柳生にとってはこれが初めてで、それが純粋に嬉しかったからに他ならない。
それに、もしかすれば付き合い続ける内に、何の取り柄もない自分の傍にいれば仁王も目が覚めるかも知れない。
そうも考えていたのだ。

彼との想いの間にズレが生じていたのは確かだったが、それでも仁王は構わないと、普段は冷静な姿からは想像もつかないような笑顔で喜んでくれた。

そんなふうに誰かを想った事のなかった柳生にとって、仁王と言う存在はそれだけで充分興味の対象であり、逆に自分も傍で見ていたいという気持ちにさせられたのだった。



「あ…」

思いを巡らせる柳生の耳に飛びこんだ電子音が、その意識を現実に戻した。
メールの相手は、今まさに思い浮かべていた人物だった。
仁王と付き合い始める前まではせいぜい連絡用としか使用されていなかった携帯も、今では必需品となっている。
ストラップも何もついていない彼らしくシンプルな携帯をすっかりとなれた手つきで開けると柳生は、届いたばかりのメールを確認した。

『あさっての土曜、泊まりに来んか?』

その言葉が意味するものは、一つしかなかったが、柳生は躊躇うことなくそれを承諾するメールを返信した。


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