テニス駄文

□Prisoner
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「柳生……それ……」

それは、中学卒業以来十年ぶりとなるテニス部の同窓会でのことだった。
誰よりも傍にいた、誰よりも大切だった彼の左手の薬指にそっと填められたシンプルなプラチナが、全てを物語っていた。

「ええ。結婚したんです。まだ子供はいませんけど…」

「いつ…?」

「去年です。彼女の誕生日に籍を入れました」

彼女。
そう言ってグラスに注がれた焼酎に視線を落とした彼の姿に俺は、言葉を失った。

「仁王くんは?」

「……いや…俺は…」

俺は目を見る事も出来ずに、否定するのが、精一杯だった。



【 Prisoner 】



柳から電話があったのは、三週間前の事だった。
皆が出会ったテニス部を引退してから丁度十年になる今日、同窓会と名打った飲み会の誘いが入ったのは。

まだ学生だった頃は頻繁に会ったりもしていたが、さすがに社会人ともなるとなかなか日程も会わず、それは難しくなっていた。
特に真田と幸村はプロテニスプレイヤーとなり海外遠征も珍しくなく、電話ですらマメにはできていなかった。
そんな二人が丁度オフシーズンを迎え、タイミング良く帰国すると聞き、俺はスケジュール帳の確認もせずに即参加の意志を伝えたのだった。

全員が一同に会するのはどれくらいぶりだろうか。
そう思いを巡らせる中、俺はふと、思い出した。
会おうと思えば直ぐにでもそれが可能な程近くで生活しながらも、それが叶わなかった、“彼”の存在を。

いや、思い出すという表現は間違っているかも知れない。
俺の中には常に彼の存在が在り、片時も忘れた事など無かったからだ。

考えない様にしていた。
これこそが相応しい表現だろう。

柳生比呂士。
彼に関してだけは…―。



*****



互いが誰にも話さなかったし、もし話していたとしても誰も信じなかっただろうけれど、柳生と仁王は付き合っていた。

最強ダブルスとして全国に名を馳せていた当時、男同士であるにも関わらず、二人は恋人と呼び合える関係にいたのだ。

きっと、思春期特有の不安定な心が、誰よりも傍にいる事が当たり前だった、信頼出来る半身のような存在を、恋と錯覚させたのだろう。

『俺……、多分お前さんの事、好き…だと、思う…』

普通ならば、言われた側も友人としての好意の感情だと思う事だろう。
しかし。

『偶然ですね。私も……同じ事を…考えていました』

言葉を交わさずとも互いの考えている事がわかる程の存在が、躊躇いがちに告げた言葉に、柳生は答えた。

そこから、二人の関係は始まった。
男同士で付き合っているなんて、周りからどんな目で見られるか分からない。

誰にも言えないという特殊な環境が、まるで世界中で二人きりのような、とても特別なような気がして、また、それを嬉しいと想えてしまえたような、そんな程度の稚拙な関係だった。

仁王にしてみても、今思い返せば、あまりに幼なすぎたと思える。

感情の面だけでなく、行為そのものも、二人きりの時に抱きしめあったり口づけたりする程度の可愛らしいものだった。
当時は知識がなかった事も影響していただろうが、最も性的な事に多感になる時期に、それで済んでいたのだから、そこまで深く互いを必要としていなかったのだと思う。

だからこそ、簡単に別れる事も出来たのだろう。
高校へ進学して間もなく、いつまでもこんな事を続けていられないと言う最もな柳生の言葉に、仁王が賛同する形で、二人は同意の元、あっさりと関係を解消した。

女性との別れの間に有りがちな、口論や揉め事は一切なく、言葉の通り後腐れのない最後は、まるで二人の関係が元より無かったかのような味気無いものだった。

後々になって、自分の気持ちが本物だったのだと、仁王が気付けるその時までは。
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