テニス駄文

□ミチ
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「では、仁王くんが私に一番贈りたいと思うものを下さい。それが私の欲しい物です」

「俺が…お前さんに?」

「はい」

そう聞かれて、俺の頭の中には心当たりが浮かんだ。
今までも何度か考えては、打ち消してきたモノがある。
付き合いだしたら皆が当たり前のように身に着ける『指輪』という代物。

俺の姉貴の指にも彼氏に貰ったとかいうシルバーリングが片時も外される事なく納まっていて、まるでそれは付き合うもの同士が身に着けなければならない義務でもあるのではないかと思われるほどお決まりのアイテムだ。

柳生と付き合う前の俺は、なぜ皆が皆、あんな小さな輪っかを欲しがるのかが分らなかった。ただの数グラムの、金属のかたまりでしかない物に縋るなんて、バカバカしいとさえ思っていたのだ。

そんなものは、自分から女が離れていかない自信があれば贈る必要はない。そんなものが無くても相手を惚れさせ続けていられれば良いだけのこと。

それが俺の持論で、元カノに何度もせがまれた事もあったが、そんなものに興味もなく必要性も感じていなかった俺は結局プレゼントするどころか今の今まで品定めすらした事が無い。

しかし、今の俺は、その理由がわかる。
その他大勢の他人と同じ感覚だとは思えないが、俺は、柳生にならそれを贈りたいと思う。
柳生は俺のモノだと、口にせずとも主張出来る何かが欲しいから。

それ自体に興味が無い俺ですら、薬指にそれが嵌められていれば、そいつが誰かのお手つきなのだとひと目で判断できる。それは、相手に対し僅かでも壁を作る事に成功していると言えるのだ。

人前では当然、俺たちが付き合っている素振りなど見せることが無い俺たちは、世間一般の目で見ればフリーに映る。

テニスだけでなく成績も学年トップで何でもこなし、紳士的な柳生。
同じくテニスで名を馳せ、自覚は全く無いが、人からは良いと言われるルックスの俺。
そんな二人に恋人がいない事は傍から見ていて不思議らしく、逆に言えば誰にでも平等にチャンスがあるのだと思われているのか、誰かに告白されるなんて珍しい事ではない。

女を振る事に躊躇いも無く、悪気も抱かない俺とは違い柳生は、いつも想いを告げられた後に本当に悲しそうな顔をしている。
気持ちも無いまま付き合う事は出来ないが、断る事で相手を傷つけてしまう事が堪らなく心苦しいのだと言って…。

そんな柳生の真面目な優しさを愚かだと思う反面、愛おしいと思う俺は、こんなちっぽけな事で彼が傷つく姿など見たくは無い。

俺が女であれば、堂々と恋人だと明言し、手を繋ぎ歩いて振舞うだけでそんな苦労は必要なくなるはずなのだ。
しかし俺がそうしたように柳生が俺を選んだ事によってそれは許されざる行為になってしまった。

そう考えれば柳生の苦しみの原因の大部分は俺が作ってしまったのだと言っても過言でも無いと思う。

その責任を負うためにも、彼を守れる何かが欲しい。
それには、その、今まで意味を見出せなかった指輪と言うアイテムが最適なような気がしてならなくなっている。

“柳生の負担を減らす為に。”
何度もそう思った。
けれど、理由はそれだけではなかったから、俺は今までそれを手渡す事が出来ずにいた。

その指輪をつけさせる事で常に俺を感じ、片時もその意識から手放さないで欲しい。俺が柳生を独占し、束縛したいと願うように、俺もまた彼に束縛されたい。
そんな想いが邪魔をする。

こんなにも生々しい想いを込めた指輪など重すぎて、それを贈るには俺はまだ、幼すぎる。

俺が本当に彼の全てを本当の意味で受け止める事が出来るようになるまでは、いつだって柳生に逃げ道を用意しておくべきなのだ。

―…本来在るべき道に戻れる為のきっかけを。

今はこうして互いに好きと言う気持ちだけで同じ時間を過ごせている。
世間の目を恐れながらも、若さ故に許された余りある時間の中で。
けれど年月が過ぎ、それなりの年になった時、今と同じでいられるだろうか?
社会に出て、全ての面倒を自分自身で見なければならなくなったその時に…。
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