テニス駄文
□ミチ
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「俺が…贈りたい、モノか…」
柳生の手を取り、そっと薬指に触れてみる。
普段アクセサリーなど身に着けたことの無いこの指に、それは嵌められている所を脳裏に思い描くと、やはりどこか不自然さがある。
「難しい質問でしたか?」
「……そうじゃの」
思いを言葉にする事を躊躇い苦笑いする俺の頭を優しく撫でると柳生はそのまま、俺の背に腕を回す。
「では…私の欲しいもの、言っても良いですか?」
「…欲しいもん、あるん?」
「ええ…。実は、もうずっと前から…。なんだかあまりにも在りきたりすぎて、恥ずかしいんですけれど…」
「?」
何かを話す時には目を見る柳生が俺から離れようとしないのは、きっと、本当に恥ずかしいのだろう。
そういう時に彼が、こうして目を合わせずとも気持ちが伝わるように俺に触れてくるのはいつもの事だから、俺も彼がそうするようにその背に腕を回した。
「指輪が、欲しいんです」
「指…輪…」
「お付き合いされてる方々って、みなさんお互いに贈りあうじゃないですか。あれが…羨ましくて…」
「羨ましいって、何が?」
「なんだかお互いがお互いを強く想ってるって、感じがして」
「そうか?」
「それに、主張してるみたいではないですか。“離さない”って」
「……」
まさか、柳生が指輪など欲しがるなんて、考えた事がなかった。
その上、こんな風に考えていたなんて…。
「きっと、言葉にしないだけで色々気遣ってくださっていたのでしょう?」
「…!」
柳生のその一言に、全てが含まれていた。
俺が口にしなくても、彼は全てを理解し、受け止めていたのだと。
その大きな想いに、心が震える。
「公言できないからこそ、繋ぎとめておく何かが欲しいんです。仁王くんの事を本当に想っているからこそ、もっと私を束縛して欲しいんです」
「束縛って…」
「あなたは、優しすぎるんです。でも…時にはそれが必要でない時もある。…そろそろハッキリと、言ってはくれませんか?“お前は俺のモノだ”と」
俺の背に回した手に力を込めて、愛おしむ様に俺の頬に、自分のそれをぴたりと合わせた。
男にしては珍しいくらいに肌理の整った肌が、吸い付くように触れ合っている。
「…本当に良いのか?俺はお前さんに、それだけは言えんと思うちょったんよ…?」
「構いませんよ。事実ではないですか。私は、あなたのものです」
「ハッキリ言うのぅ…。…こう見えても俺、責任感じちょるんよ?一方的に俺が惚れて、それに絆されるようにして始まってしもたこの関係には」
「始まりはどうであれ、私はあなたに惹かれてこうして何年もお付き合いしているわけです。寧ろそれぐらいの言葉を頂かなくては寂しいではないですか…」
「柳生…」
「責任を取りたいとおっしゃるなら、別の方法でお願いします」
「別の?」
「そうですよ。自由を与えるのではなく、しっかりと私を捕まえていて下さい。私もこの手を離しませんから」
寄り添い合った頬が離れると彼は、俺の手に指を絡ませてまるで抱き合う最中に交わすようなキスを俺に与えた。
熱も、呼吸も、想いさえも奪うような口付けに、俺は酔いしれる。
他人に侵食されることがこんなにも心地よい。
相手が柳生でなければ、得られない感覚。
「俺も…離さんよ」
「…お願いします」
…俺よりも柳生のほうが、よっぽど腹を括っていたのかも知れない。
先の事を見据えつつも、そこにばかり囚われずに、しっかりと現実と今を見つめている。
俺が思う以上に彼は、俺を想ってくれているのだと、思い知らされた。
「…指輪、当日まで待っとってな?ちゃんと準備する。それまではちぃと痛いかも知れんが、これで我慢してくれん?」
柳生の左手を取り、その薬指を甘噛みすると彼は俺の意図を察し、静かに目を瞑った。
それを合図に俺は、立てる歯の力を強めた。
「…っ!」
「すまん、大丈夫か?」
「大丈夫です。気にしないで」
柳生の声に口内から指を逃すと、そこには、赤い印。
とても指輪には見えないけれど、柳生はとても満足そうに笑ってくれた。