テニス駄文

□海
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いつものように大学からの帰宅途中に柳生は、ふとテニス場に立ち寄った。
特に何もする気などなかったが、彼がこうする事は珍しくない。

思い出に浸る趣味はないのだが、自分の内にいる仁王の姿を、最も輝いて見えていたテニスをプレイする姿を思い描く事で、自分の中にある彼が曇らないようにしたかったのだ。

あの別れから既に三年以上の月日が流れていたが、柳生の中の仁王の姿は、ホワイトブリーチをかけて伸びた襟足を束ねているあの個性的なままで、それが悲しくもあったが、彼の知る仁王の姿はそれが最後の記憶なのだからどうしようもなかった。

年齢を重ねることで当然のように変わった自分の容姿に反し、あの頃のままの仁王の姿を思い出す度に胸が痛むのを止められないのは、彼の今を知ることが出来ない寂しさと、姿ばかりが大人に近づきながらも、心がいつまでも仁王への想いに縛られている事からだろう。

誰よりも、何よりも仁王の幸せを願い、これ以上はないと言い切れる程の恋心を抱くさなかに別れを選んだ。
彼の幸せこそが、自分にとっての幸せにもなるのだという思いは今も変わってはいない。

けれど、自分の知らない仁王のそばに相応しい誰かがいるのだろうかと考えると、どうしようもない悲しみと嫉妬という感情が自分を襲うのだ。

こんなままの自分が、仁王の本当の笑顔を願うのは許されない。

彼の幸せを心から祝福できない自分が、未だ彼に対して途切れること無く想いを抱き続けている事への罪悪感のようなものが自分を苛なむ。

いつだってこのテニス場に訪れれば、こうして自分が傷付くのだと分かっていても柳生は、ここに通うのを止める事は出来なかった。

仁王との出逢いと、彼が自分への想いを抱いてくれたきっかけともなったテニスに、どれほど惨めで情けなくとも縋っていたかったのだ。



柳生がテニス場に着いたのは、すっかりと陽も暮れて街頭が灯り始めた頃だった。
流石にこの時間ともなると人影はまばらになるのだが、今日はいつもと違っていた。
コートから人の気配とざわめきのようなものが流れてくる。

柳生がここに通い始めてからそのような事はごく僅かしかない。
草試合とはいえども、素晴らしいプレイヤーの試合が行われている時だけだった。

前に同じような事があったとき、そのコートに立っていたのは丸井と桑原で、偶然の再会を喜んだ。
二人の話によれば、立海のメンバー達はよくここに訪れては打ち合っているとの事だった。

柳生がここに訪れるのは予備校が終わった帰り道となる夜になってからの場合が殆どで、夕方ごろには帰ってしまう彼らとは時間帯が合わず出くわすことが無かったらしかった。

本当ならば柳生も誘いたいと皆思ってはいるものの、彼がテニスをやめたことも知っていたし、何よりも受験にむけて勉学に励まねばならない事も重々承知していたからこそそれが出来なかったのだと言っていた。

離れ離れになってしまっても、自分の事を理解し、気遣いをも見せてくれる彼らと共に過ごせた三年間は、仁王の事も含めて自分の人生にとって掛け替えのない宝であると思える。

もしかしたら、そんな大切な仲間の誰かに会えるのかも知れない。

そう思うと柳生は、自然と走り出していた。
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