テニス駄文

□Prisoner
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―大切なモノは、失って初めてその価値や重さに気付く。―

この世界で一番最初にそう言葉にしたのは、どこの誰だったのか。
柳生と別れ暫く経ってから仁王は、事あるごとにそう思い巡らすようになった。
 誰といても、何をしても、全てを比較する癖がついたのだ。
隣にいるのが柳生だったなら。どんな表情で、どんな言葉を口にするのだろう。相手が柳生だったなら、もっと楽しめたり、喜べたりしたに違いない。そう思いを重ねれば重ねる程、何故あの時、あれ程簡単に別れを受け入れてしまったのだろうかと、日増しに柳生への想いと後悔の念が募るばかりだった。

 真実を口にすれば、また柳生とのあの日々を取り戻すことが出来るのだろうかと、随分と悩み考えもした。
何度も何度も、幾通りもの道筋を思い浮かべてみたけれど、結局は戻れないという答えにしか辿り着けなかった。

 あれから何年も経ち、後悔する事や考える事に何の意味があるのだろうかと、そう思い、自分の中ではすでに風化していたはずの気持ちが、凄まじい勢いと速度で、仁王の体を駆け抜ける。

「仁王くんはまだ身を固める予定はないんですか?」

「えっ?…あ、ああ。まあ…。それに、興味もないんでな」

「…そうですか」

「……しかし、恋愛事に疎かったお前さんが一番乗りとは驚いたぜよ。しかも誰にも言ってなかったなんてな」

 どんな思いで言葉を紡いでいるのか。そんな仁王の想いを知るはずもない柳生の言葉に、思わず詰まりながらもそう答えると柳生は、手にしたグラスに視線を落とす。

「私達、仕事が忙して纏まった休みがとれなくて、式や披露宴はせずに籍だけ入れたんです。その後もバタバタしていたら皆さんにお手紙をお出しするタイミングも無くしてしまって……」

「そうだったんか」

「ええ。でもこうして皆さんを驚かせてしまう事になってしまい、やはりやるべき事はしておかなければならないものだなって、反省しています」

「…相変わらず真面目じゃな、柳生は」

「そんな事ありませんよ」

 すぐ隣で笑顔を浮かべる柳生の、左の薬指に冷たく輝きを放つ証から、意識的に目を逸らして仁王は、やはり今までの後悔は無意味だったのだろうと、そう思う心と供に、グラスに残されていた酒を一気に飲み干す。

 こんなにも幸福感を隠しもせずに微笑む柳生の姿に、あの時の選択肢は間違っていなかったのだと、全てを納得せざるを得なかった。

柳生の人生に、深く交われるのは、自分ではなかったのだと。


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