テニス駄文
□一輪の花★New★
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――此処は、抜け出す事を許されない迷宮。
その身も心も自由を奪われる、華で彩られた檻。
遊郭と言う名の、自我の柩。
【一輪の花】
「あら仁王さん、お久しぶり」
「おう」
華やかな雪洞がやわらかな明かりを燈す門をくぐると、人懐こい笑顔を浮かべる女が少し早足で挨拶を交わしながらこちらに向かってやって来る。
彼女の言葉の通り、この遊郭に訪れるのは本当に久しぶりだと思いながら、銭の入った巾着をちらつかせながら、彼もまた笑顔を浮かべた。
「ここにいらしたって事は、大当りが出たのかしら?」
「そうじゃよ。今日ものんびり過ごさせて貰おうかと思ってな」
仁王と呼ばれた男は、博打で当てた金を女に預けると、更に奥へと足を進め、見世物の如く閉じ込められながらも美しく輝く者達を品定めすべく視線を配らせた。
「…ん?」
見覚えのある人物達が自分に向かってひらひらと、誘う様に手を振る中、部屋の片隅で笑顔を見せるどころか、こちらを見ることもなく、何の表情も浮かべずに人形の如く座る人影が、彼の視線を引き付けた。
この場には不釣り合いとしか言いようの無いその姿は酷く凛として、美しく伸びた背筋が、近寄りがたい空気を醸し出している。
「なぁ。あれ…」
「はい?ああ……あれですか?最近此処に入ったばかりなので、仁王さんにはお初お目にかかりますね」
「名は?」
「柳に華、と書いて柳華(りゅうか)と言います。…ですが…」
仁王が柳華と呼ばれた者に興味を示した事に半ば驚きながら、女が次を言い淀むのは何故だろうか。
「…なんじゃ?高いんか?」
思うままを尋ねる仁王に女は、まさか、と笑うと、柳華を眺めながらため息を漏らした。
柳華という男は、つい最近この館に引き取られたらしいのだが、その理由に問題があるのだと言う。何でも何軒もの遊郭を転々としていて、その原因はと言えば、俗に言う“お払い箱”らしかった。
原因はと言えば、あの態度。客に媚びを売る事も無ければ、指名をされても薦められた酒を飲む事すらなく、事に及ぶ事を嫌がり、全く商売にならないのだと言う。
噂ではどこか身分の良い家の出らしいのだが、事業に失敗した際に、借金の形に身売りされたらしいとの事だった。
「……」
確かにその佇まいからは育ちの良さが滲み出ていて、高値の花と呼ぶに相応しい。けれど店にとって役に立たないという彼は、仁王がいつも相手にしている者達と同等の価値すらもないのだと、女は憎まれ口を叩くようにして愚痴を零した。
「……俺、あいつがエエ」
「でも…」
「心配せんで良かよ。もし何かあったとしても文句も言わんし。それにそんな話聞かされたら逆にどんなもんか品定めしたくなる」
まるで玩具を見つけた子供のような目で、柳華に視線を向けながら笑う仁王を横目で見ながら、女は苦笑いを浮かべた。
「物好きなお方だわ」
「そうか?否定はせんが、せめて好奇心旺盛と言うてくれんか?」
女の言葉をものともせずに笑い飛ばすと仁王は、通された部屋に腰を下ろし、柳華と呼ばれたあの人物の登場を、いつもとは違う心中で待ち構えた。
彼は一体、自分にどんな視線を向けるのだろうか。そして固く閉ざされたあの唇から、何を紡ぐのか。
「柳華…か」
ぽつりその名を口にすれば、まるで示し合わせたように襖が開き、驚くほど冷たい視線をこちらに投げかける彼が現れた。